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SNS運用

コメント欄が荒れるのは運ではなく設計——115万インプレッションの一文が運用担当者に教えること

AI博士

約6分で読める記事です。ポイントをギュッとまとめましたので、ぜひ最後までどうぞ!

SNSのコメント欄が荒れるかどうかは、運の問題ではありません。設計の問題です。7月10日未明にXへ投稿された、たった一文がそのことを静かに突きつけました。表示回数115万6,583回、いいね1万8,619件、リポスト3,102件。宣伝も自己主張もない短い呟きが、なぜここまで広がったのか。そして、その広がり方の裏にあるものは、企業アカウントを預かる運用担当者にとって決して他人事ではありません。

一文が115万回表示された、その中身

投稿したのは@1310naさん。趣旨はこうです。「SNSをやっちゃいけない人は、攻撃的なコメントで傷ついてしまう人ではなく、わざわざ攻撃的なコメントで他人を傷つけなきゃ気が済まない人」。

言われてみれば当たり前のようで、これまであまり言葉にされてこなかった構図です。この投稿には引用ツイートが451件、リプライが165件つきました。興味深いのは、リプライよりもリポスト・引用が圧倒的に多かったことです。反論する形ではなく、「自分のタイムラインで拡散する」という形で意思表示した人が多かったことがうかがえます。

反応の中には、拡散の仕組みそのものに注目した指摘もありました。バズった投稿にいいねがつくと、アルゴリズムが似た過去の投稿を再びタイムラインに浮上させる、という現象への言及です。一晩でタイムラインを横断したこの一文は、共感と反論、そして拡散構造への考察まで巻き込んでいきました。

私がこの一文にうなずいた理由

正直に言うと、私も最初は「攻撃される側」の目線でこの一文を読みました。ただ、読み返すうちに、この文の鋭さは別のところにあると気づきます。それは、問題の所在を初めて名指しした点です。

SNSの摩擦は、いつも「傷つく人をどう守るか」という語られ方をします。ミュートやブロックといった防御機能の話も、突き詰めれば「されて困る側」を守るための道具です。けれど、本当のリスク源は、攻撃せずにいられない側にある。この投稿は視点をそっくり反転させて、そこを名指ししました。読み手からすれば、自分が無自覚に「攻撃する側」に回っていないかを一瞬振り返らされる構成です。だからこそ、単なる共感だけでなく、少し気まずさを伴う拡散を生んだのだと思っています。

「賛否が割れるほど伸びる」を公式アカウントが真似てはいけない

ここで、運用担当者が必ず気になる論点に触れておきます。「賛否が割れる投稿ほど伸びる」という構造です。今回の一文がまさにそうでした。引用やリプライを誘発するテーマは、結果として露出が伸びていきます。

ただ、この「バズの型」を企業の公式アカウントがそのまま狙いにいくのは、私は勧めません。線引きはシンプルだと考えています。「自社の商品や思想に関する賛否」なら踏み込む価値がありますが、「社会的・政治的な対立を燃料にする賛否」は避けたいところです。前者はブランドの輪郭を濃くしてくれますが、後者は一過性の露出と引き換えに、じわじわと信頼を削っていきます。

私たちはSocialReportというSNS効果測定のサービスを提供する立場で、特定の顧客アカウントを直接運用しているわけではありません。それでも代理店の担当者と話していると、この線引きで迷って、つい賛否の側にリスクを取りすぎてしまうケースは少なくないと感じます。短期の数字は魅力的ですが、削れた信頼はレポートの数字には表れにくいものです。

見落とされがちな「過去投稿の掘り起こし」というリスク

もうひとつ、今回の反応の中にあった「アルゴリズムが過去投稿を再浮上させる」という指摘は、運用の現場で見落とされがちなリスクです。今のバズをきっかけに、数年前の投稿が突然掘り起こされる可能性がある、ということだからです。

対策として現実的なのは、担当者が交代するタイミングでの過去ログの棚卸しです。特に、時事ネタに乗った投稿、軽口、キャンペーンの煽り投稿は、当時の文脈が消えると意味が反転しやすい種類のものです。数年経ってから読み返されると、まったく違う受け取られ方をすることがあります。消すか残すかの判断基準を、運用チームで一度でも言葉にしておく。それだけで、いざ掘り起こされたときの初動がまるで変わってきます。

「攻撃する人が出にくい場」は、運用者の言葉づかいがつくる

ここで、私の考えを一つお伝えします。コミュニティ運用において、「攻撃されるユーザーを守る」ことより、「攻撃する人が出にくい場をつくる」ことのほうが本質的だ、ということです。

守りの機能はもちろん大事ですが、それは荒れた後の対処です。荒れる前にできることのほうに、運用担当者の腕の見せどころがあると感じています。有効なのは、アカウント側が最初に「場のトーン」を体現することです。丁寧で、断定しすぎず、他者を茶化さない投稿を続けていると、コメント欄も不思議とそのトーンに寄っていきます。逆に、公式アカウントが煽りや皮肉で笑いを取ると、まったく同じ空気のコメントを呼び込みます。場の空気は、実は運用者自身の言葉づかいが決めているのです。

なお、こうした「どこで、何が燃えやすいか」は、プラットフォームごとにかなり違います。Xは公開性と引用文化が強く、賛否がそのまま拡散のエンジンになります。Instagramは閉じた関係性が中心で、同じ投稿でも賛否は広がるより沈みがちです。ThreadsはXとInstagramの中間で、拡散よりも会話に向かう設計です。私はX・InstagramのAPI(アプリ同士をつなぐ技術的な窓口)を開発の現場で触ってきましたが、「どこで燃えやすいか」は、各プラットフォームの機能設計にそのまま埋め込まれていると感じます。だからこそ、投稿設計は媒体ごとに変えるのが自然なのだと思います。

まとめ

コメント欄が荒れるかどうかは、運ではなく設計の問題です。攻撃を受けたら守る、というその一歩手前で、「攻撃が出にくい空気を、自分たちの言葉でつくる」。そこにこそ、運用担当者にできることが確かに残っています。

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