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SNS運用

「潰れてない」と叫ぶ遊園地に学ぶ、攻めたSNS運用が集客に変わる瞬間

AI博士

約6分で読める記事です。ポイントをギュッとまとめましたので、ぜひ最後までどうぞ!

公式アカウントが奇抜な投稿で話題になる。そんなニュースを見るたびに「うちもやってみたい、でも炎上が怖い」と感じる方は多いのではないでしょうか。佐賀県のレトロな遊園地「メルヘン村」が、まさにその境界線を見事に渡りきった事例として話題になりました。私はSNSの効果測定サービスを運営している立場から、この投稿を「面白い」だけでは終わらせたくないと思っています。話題化と炎上を分けるものは何か、そしてバズはどうすれば集客に変わるのか。データ越しにたくさんのアカウントを見てきた目線で、少しだけ掘り下げてみます。

「潰れてない」と連呼する遊園地が、なぜ愛されたのか

メルヘン村は、佐賀県武雄市の山あいに1992年に開園した遊園地です。「森とリスの遊園地」をうたい、巨大なリスのすべり台「ドン・グリス」や幼児向けのアトラクションが並ぶ、名前のとおりほのぼのとした施設です。ところが、公式のXアカウントはその看板とはまるで違う顔を持っていました。「潰れてない潰れてない潰れてない…」と改行もなく連呼する投稿が、6万を超える「いいね」を集めたのです。「狂気」「メンヘラ村」とまで言われながら、不思議と「行きたい」「応援したい」という声を引き寄せました。実際の施設はいまも年中無休で営業中で、家族連れに好評だといいます。

最初にこの投稿を見たとき、私は単純に笑いました。けれど少しプロの目で見ると、とても巧みな構造になっていることに気づきます。連呼している中身は「潰れてない」、つまり「経営が危ういのでは」という外から見られがちなイメージを、自分たちで先回りしていじっているのです。攻撃の矛先が他人ではなく自分に向いているから、見る人は誰も傷つかず、安心して笑って拡散できる。炎上を狙っているように見えて、実は最も安全な笑いの取り方をしている。ここが、この投稿の一番うまいところだと感じています。

自虐は好かれ、煽りは嫌われる

奇抜な投稿は、一歩間違えば「ふざけている」と反感を買います。その分かれ目を、私はとてもシンプルに捉えています。鍵は「いじる対象の主語が自分か、他人か」です。自分の弱点を笑う分には、誰も損をしません。でも、他人や他社、特定の誰かに矛先が向いた瞬間、その当事者が現れて空気が一変します。

実際に、軽い気持ちで投稿した「他社あるある」のようなネタが、名指しされた側のファンから反発を買い、半日で謝罪に追い込まれた運用を見たことがあります。本人たちに悪気はなかったはずです。それでも、笑いの矢印を内側に向けるか、外側に向けるか。たったそれだけの違いが、好感と炎上をくっきりと分けてしまうのだと思っています。メルヘン村が愛されたのは、矢印を徹底して自分たちに向けていたからではないでしょうか。

「話題化」と「炎上」は、何が違うのか

「バズった」と「炎上した」は、数字の上ではよく似ています。どちらもインプレッション(投稿の表示回数)が跳ね上がり、引用やリプライが増える。量だけを見ていると、良いバズなのか危ないバズなのか、なかなか判別できません。

そこで私が真っ先に見るのは、量ではなく「引用リポストの中身」です。引用に「行きたい」「応援」といった前向きな言葉が多いのか、それともネガティブな言葉が多いのか。もしネガティブな引用が半数を超えはじめたら、それは話題化ではなく炎上に傾いているサインだと考えています。あわせて、リプライの付き方や中身も大きな判断材料になります。ただ、リプライは数値として追いにくいもので、私たちのサービスでも計測の対象には含めていません。だからこそリプは、ツールの数字に頼るのではなく、運用する人が自分の目で温度感を確かめにいく領域だと捉えています。盛り上がっている最中こそ、数の大きさに安心せず、どんな言葉と一緒に広がっているかを見てほしいと感じます。

バズの先にある「集客」を、どう確かめるか

SNSが盛り上がると、つい「いいね6万」という数字そのものに満足してしまいます。けれど、本当に問いたいのはその先です。話題になって、実際に人が動いたのか。メルヘン村の場合は来場を後押ししたと報じられていますが、これは本来、きちんと確かめるべきテーマだと思っています。

データを見ていて感じる分かれ目は、バズの「次の動線」が用意されていたかどうかです。集客につながった事例では、話題になった瞬間に「どこで会えるのか」「どう買えるのか」への入り口が、ちゃんと整っていました。逆に花火で終わってしまう事例は、バズそのものがゴールになっていて、流入の受け皿がありません。効果測定の観点で言えば、私はバズの翌週に「指名検索(ブランド名そのもので検索されること)の数」や「プロフィールからの遷移」を必ず見るようにしています。いいねの数ではなく、その人がブランド名で検索し直したか、次の行動に移ったか。ここを追えていれば、バズが打ち上げ花火で終わったのか、それとも集客に変わったのかが、はっきりと見えてきます。

真似するなら、欠かせない“土台”

この事例を見て「うちもやってみたい」と思う方は、きっと多いはずです。ただ、私はそこで一度立ち止まってほしいと感じています。私は運用代行のように現場で提案をする立場ではありませんが、効果測定の事業を通じて、たくさんのアカウントの「その後」を数字で見てきました。そこから感じる最低限の前提は、「中身が伴っていること」です。

メルヘン村の自虐が成立しているのは、実際に行くと家族連れに好評な、ちゃんと楽しい施設だからです。「潰れてない」と笑えるのは、本当に元気に営業しているという裏付けがあるからこそ。この土台を飛ばして奇抜さだけを真似ると、たいてい滑りますし、それ以上にブランドへの信頼をすり減らしてしまいます。攻めた運用は、「実態という土台」の上に立てて初めて武器になる。データを見ていると、そう感じます。

メルヘン村の面白さは、偶然の事故ではなく、自分たちの立ち位置を分かったうえでの選択に見えます。個性やトーンは「たまたまバズるもの」ではなく、自社の実態と弱点を見つめれば設計できるもの。そう考えると、攻めた運用はもっと多くのブランドにとって、現実的な選択肢になっていくのかもしれません。

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