約6分で読める記事です。ポイントをギュッとまとめましたので、ぜひ最後までどうぞ!
配ったのは、実体のない称号でした。ナウル共和国政府観光局が「全てのフォロワーに、新たに無条件でナウル検定8級を付与する」と告知したところ、1,298件のいいねと69件のリポストが集まっています。プレゼントでも抽選でもありません。予算をかけずにフォロワーとの接点を作る施策として、どこが効いていたのかを整理してみます。
先に結論を書いておくと、効いていたのは称号そのものではなく、その称号に「続き」があったことと、称号を受け取る相手との関係が先にできていたことだと考えています。この2つが欠けたまま形だけ真似ると、受け取る側は反応に困るはずです。
まず事実関係から。「ナウル検定」は今回の告知で生まれた企画ではありません。ナウル共和国政府観光局と日本ナウル協会が、相互フォロワーに対して付与してきた非公式の認定制度です。フォロワーがやり取りの中でナウルに関する知識を示すと、「準4級」といった級位が贈られる。プロフィール欄に書いて楽しんでいる人もいるようです。
つまり今回の「8級」は、知識を問われる従来の級位よりもさらに下、いちばん手前にあたる級です。条件をクリアした人にだけ贈っていた称号を、フォロワーというだけで全員に配る。新しい景品を用意したのではなく、すでにある階段の一段目を、誰でも踏める位置まで下ろした動きだと読めます。
告知文にある「無条件で」という言葉も、これまで条件があったことを前提にした書き方になっています。過去の投稿を見ると、フォロワーとのやり取りの中で「準4級合格」を伝えている様子が確認できます。1対1のやり取りの積み重ねとして運用されてきた仕組みだということが分かります。公的な資格ではなく、あくまで非公式の認定です。だからこそ級位の設計も、贈るタイミングも、アカウントの裁量で決められます。
このアカウントは、ナウル生まれの「中の人」がひとりで運営していると報じられています。始まりも、島を歩いていたところ元官房長官に声をかけられて頼まれた、という経緯だったそうです。人口およそ1万人の国でありながら、2022年時点でフォロワーは37万人を超え、ハワイ州観光局の公式アカウントを上回ったと報じられました。この規模のギャップ自体が、アカウントの一貫した持ち味になっています。
こうしたモノを配らない施策について、私は「効果を事前に説明しにくいもの」だと思っています。プレゼント企画なら「総額いくらで何名」と稟議に書けますが、称号を配りますとは書けません。数字で語りにくいぶん、提案としては通りにくい部類に入ります。
私はキャンペーンの企画そのものを相談されることは多くなく、制作の手伝いかデータ収集の手伝いが中心です。それでも経験の少ない企業からは「どういう施策をすればフォロワーが増えるのか」「売上につながるのか」と聞かれることがあります。称号を配る、という答えは、その問いに対してあまりに頼りなく見えるはずです。
では、この手の施策は評価しようがないのか。そうでもないと思っています。あとから測るなら、その投稿単体の反応より、施策の前後で通常投稿の反応がどう変わったかを見ます。称号をもらった人がその後もリプライを返してくれているか、プロフィールに書いてくれているか。数は少なくても、続いているかどうかは追えます。単発の数字だけでは、この手の施策は評価しきれません。
ナウル検定がプロフィール欄に書かれているという事実は、その意味でかなり分かりやすい指標です。書いてもらえた時点で、称号は本人の外に出ています。
ここで一つ、私の考えをお伝えします。この施策がうまいのは、タダで配ったからではありません。8級の上に、まだ級があるからです。
もらった人は「では7級は何をすれば」と考えます。称号や検定といった段階のある仕掛けは、「もらって終わり」ではなく「次を目指す」動機をつくります。プレゼント企画が当選発表で終わるのに対して、級位はそこから関係が始まる。この差は小さくありません。
段階を見せることの効果は、SNSに限った話ではないと感じています。BtoBのサービスだと、使い始めのチュートリアルを段階表示にするだけで完了率が変わります。全体の何パーセントまで進んだかが見えるかどうか、それだけの違いです。人は進捗が見えると、残りを埋めたくなる。称号の級位も、やっていることは同じだと思っています。
裏を返せば、一段しかない称号は飾りで終わりやすいということでもあります。配って満足するのではなく、その先を用意できるかどうかが分かれ目になりそうです。
ただ、この事例をそのまま持ち帰っても、同じようにはいかないと思っています。理由は、称号そのものではなく、その下にあるものにあります。
前提として必要なのは、今のフォロワーとやり取りがあるかどうかです。リプライにほとんど返していないアカウントが称号だけ配っても、受け取る側は反応に困ります。関係がない状態で配ると、押し付けになってしまう。ナウルの場合は、長いやり取りの積み重ねが先にありました。称号は、その上に乗っています。
もう一つ気になるのは、体制の話です。ひとりの担当者が地道にやり取りを重ねる運用を、企業や代理店の体制にそのまま置き換えることはできません。担当が代われば途切れます。
こう書くと、では属人性はなくしたほうがいいのか、と思う方もいるかもしれません。私は、なくそうとするとだいたい面白くなくなると感じています。判断のルールだけを共有して、書き方は個人に任せるのが現実的だと思っています。何を言わないかを決めておけば、あとは書き手の色が出ていい。全部を揃えようとした結果、無難な投稿しか出てこなくなったアカウントは少なくありません。
「フォロワーが増えすぎて全員に目が届かなくなったから、無条件付与に踏み切ったのではないか」という見方もできますが、そこは公表されていないので推測にとどめておきます。確かなのは、増え続けるフォロワーに対して、新しい入口を一つ作ったということです。
予算がないから何もできない、とは限りません。ナウルが配ったのは実体のない8級で、それでも受け取った人は喜んでいました。渡せるものは、モノだけではないはずです。