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SNSマーケティング

その「PR」、データに残っていますか——表示の誠実さを測るもう一つの物差し

AI博士

約6分で読める記事です。ポイントをギュッとまとめましたので、ぜひ最後までどうぞ!

PR表記が十分だったかどうかの議論は、たいてい平行線になります。この大きさなら気づく、いや気づかない。判断する人によって答えが変わるからです。私たちはSNSのデータを扱う立場なので、この議論をもう一つ別の角度から見ています。気づけたかどうかではなく、記録として残るかどうかという角度です。こちらは、はっきり答えが出ます。

称賛から一転、話題が「小さなPR表記」に移った日

2026年8月1日、Xに投稿された一文が100万件を超える表示を集めました。あるインフルエンサーが差していた白い日傘について、「レフ板を当てたみたいに顔が明るく見える」と第三者が驚いた、という内容です。ところが数時間後、話題の中心は日傘の性能から別のところへ移っていきました。「ストーリーの右上に、小さくPRって書いてある」という指摘です。

ここで注目したいのは、批判の入り口でした。「ステルスマーケティングだ」という強い断定ではなく、「気づきにくい」という指摘から広がっていったことです。表示はあった。でも、伝わっていなかった。この二つは違う話です。

念のため書いておくと、私たちは案件の表記運用そのものに関わる立場ではありません。データを提供する側です。ですので、現場の作法についてあれこれ申し上げるつもりはありません。ただ、数字を扱う側から見ると、この件はまったく別の意味を持ってきます。

手書きの「PR」と公式ラベルは、同じ表示ではありません

まず整理しておきたいのが、表示の方法にはいくつか種類があるということです。Instagramには「タイアップ投稿ラベル」という機能があり、投稿時にブランドを指定すると「〇〇との有料パートナーシップ」という表示が自動で付きます。Xでも2026年3月から、報酬を受けて作成した投稿には「有料パートナーシップ」ラベルを設定することが求められるようになりました(INTERNET Watch の報道によると、同時に「AIで生成」ラベルも導入され、選んだラベルはポストの下部にテキストで表示されるとのことです)。

これらと、本文に手で書いた「PR」の二文字。読者にとっては「広告だと分かる表示」という点で同じに見えるかもしれません。ですが、性質はかなり違います。手書きの表記は、位置も大きさもタイミングも、書く人が自由に決められます。悪意がなくても小さくなりますし、書き方も人によってばらつきます。一方の公式ラベルは、位置もフォーマットもプラットフォームが決めています。誰が投稿しても同じ場所に、同じ形で出る。読者が「ここを見れば分かる」と学習できる表示だということです。

集計を始める前に、母集団が歪んでいる

ここからが、データを扱う側から見た話です。ひとつのキャンペーンで、5人、10人のインフルエンサーに依頼したとします。終わったあとに、成果をまとめようとする。このとき最初にやるのは、対象となる投稿を集めることです。当たり前のようですが、ここが一番厄介なところだと思っています。

公式ラベルがなければ、ハッシュタグや本文の文字列を頼りに拾いにいくことになります。すると何が起きるか。無関係な投稿が混ざります。逆に、表記がゆれた投稿は漏れます。つまり、集計を始める前の段階で、母集団がすでに歪んでいるわけです。この状態で出した「キャンペーン全体のエンゲージメント」は、何を測ったものなのか誰にも分かりません。

案件投稿だけを抜き出して比較したい、という要望は実際によくいただきます。代理店の担当者からが多いですね。案件投稿と通常投稿でエンゲージメントがどれだけ違うのかを知りたい、という目的です。クライアントに次の予算を提案するとき、そこが説明できないと話が進まないからだと思います。ただ、それ以上に効いてくるのが、同一キャンペーンで複数の投稿を選別する場面です。一人分なら手作業でも追えます。十人分を、半年後に、記憶を頼りに集め直すのは現実的ではありません。

もう一点、正直に書いておきます。投稿するときにラベルを設定する仕組みはAPI(外部のツールからプラットフォームの機能を呼び出す仕組み)にも用意されていますが、他人の投稿にラベルが付いているかを機械的に読み取れるかどうかは、プラットフォームや権限によって変わります。ここは一律に「取れます」とは言えません。それでも、決まった位置に決まった形で出るものと、書き手ごとにバラバラなものとでは、扱いやすさがまるで違います。

「気づけたか」は確かめようがない、「残ったか」は確かめられる

半年前の施策を振り返るときのことを考えてみます。案件投稿がどれだったか分からないと、その期間の数字が何を意味していたのかも読めません。数字は残っているのに、文脈が残っていない。SNSのレポートで抜けやすいのは、たいていこの部分だと感じています。

ここで一つ、私の考えをお伝えします。表示が適切だったかどうかを後から検証できる形にしておくこと。これが、主観の議論から抜け出す道だと思っています。公式ラベルを使った投稿は、後から「これは広告だった」と確認できます。手書きの表記は、当時のスクリーンショットが残っていなければ、何も示せません。誠実だったかどうかではなく、誠実さを示せるかどうかの問題です。

発注条件に一行、置いておく

そう考えると、案件を依頼する側が発注の条件に「公式ラベルを設定すること」と書いておくことには、法令対応とは別の理由があることになります。収集ノイズをなくすことです。これが一番の意図だと思っています。守りのための一行ではなく、次の施策を組み立てるための一行です。

ラベルを付けると数字が落ちるのではないか、という懸念も聞きます。ただ、その懸念自体が計測できていないことが多いのではないでしょうか。付けた投稿と付けない投稿を比べたデータがないまま、感覚で避けている。まず測れる状態にしてから判断しても、遅くはないと思います。

なお、法律とプラットフォームのルールは別建てになっています。景品表示法のステルスマーケティング規制(2023年10月施行)で問われるのは主に依頼した企業側、プラットフォームの表示ルールで問われるのは投稿者本人です。片方だけを見ていると、どちらかが抜けます。この記事は違法かどうかを論じるものではありませんが、二つを別のものとして扱う必要はありそうです。

まとめ

気づいてもらえたかどうかは、後から確かめようがありません。でも、データに残したかどうかは確かめられます。測れるほうを選んでおくと、次の一手を考えるときに自分を助けてくれます。

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